2008年に始まった袴田巌さん(87)の第2次再審請求審では、計約600点に及ぶ証拠が検察側から新たに開示され、2度の再審開始決定の原動力となった。今回は、担当裁判官の指揮で証拠が明らかになったが、現行の再審法(刑事訴訟法の再審規定)に開示の規定はなく、裁判官の裁量次第だ。相次ぐ再審開始の判断を受け、法改正を求める声がさらに強まるのは必至だ。(奥村圭吾、東田茉莉瑛)
◆みそ漬けの「5点の衣類」
袴田巌さんの第2次再審請求の差し戻し審で、再審開始を認める決定で涙ぐむ姉ひで子さん(中央左)=13日、東京・霞が関
確定判決が袴田さんを犯人と認定した最大の根拠は、事件から1年2カ月後にみそタンクの底から見つかった犯行着衣「5点の衣類」。13日の東京高裁決定は、「1年間みそ漬けされた血痕の赤みは消失する」という弁護側の実験結果には合理性があると認め、衣類の血痕に赤みが残っていたこととの矛盾から犯人性に疑いが生じると断じた。
第2次再審請求審では10年以降、検察側が確定審に提出していなかった5点の衣類のカラー写真やネガ、捜査報告書などが、静岡地裁の訴訟指揮で開示され、血痕の色に関する弁護側の主張の下支えとなった。
今年2月、大阪高裁が再審開始を認めた強盗殺人事件「日野町事件」でも、13年に裁判官の求めで検察側が開示した金庫発見現場の実況見分時の写真ネガが決め手となった。戦後、日本弁護士連合会が支援して再審無罪を勝ち取った18件の多くは、再審請求の段階になって出てきた証拠がカギを握っている。
◆再審格差
一方、刑訴法には再審に関する証拠開示の規定はない。検察側にどこまで迫るか「各裁判所で対応が異なる『再審格差』が生じている」と日弁連は批判する。
袴田さんの再審を巡っては、14年の静岡地裁が再審開始を認めたが、検察側の即時抗告を受け、18年6月の東京高裁は決定を取り消した。その後最高裁が審理を差し戻し、1度目の決定から10年近くの年月が過ぎた。日野町事件では、強盗殺人罪で無期懲役が確定した阪原弘さん=当時(75)=が既に死亡。再審開始決定に対して大阪高検が今月6日、特別抗告し、審理はさらに続く。
冤罪被害者の早期救済を目指す日弁連は昨年6月、小林元治会長を本部長とする「再審法改正実現本部」を設置。今年2月には再審法改正を国に求める意見書と改正案を公表し、証拠開示制度の創設や検察官の抗告の禁止を訴える。
◆「国民の税金。証拠はフェアに共有を」
ただ、ある法務省幹部は「現時点では今の制度で過不足がない」と冷ややかに話す。「裁判所が誤った決定をしないという前提には立てない。是正する方法は必要だ」と抗告の廃止に慎重な見方を示し、証拠開示の制度化にも否定的だ。
元東京高裁部総括判事の門野博弁護士は「検察官の抗告が袴田さんの10年近い歳月を奪ったことになり、許されない話。これ以上に主張したいのなら、検察は再審を開始して、再審公判の中で主張すべきだ」と憤る。「証拠開示がなければ、今回の再審開始決定は実現し得なかった可能性もある。証拠は複合的、間接的に影響し合うため、検察官側からだけでなく、被告側からも検討されなければならない」とした上で、「国民の税金を使って集めた証拠はフェアに共有されるべきだ」と指摘する。
<解説>限られた時間 救済急げ
袴田巌さんが無実を訴え、50年以上の月日が過ぎた。87歳、健康状態を考えれば、残された時間がそれほど長いとはいえず、早期の救済が必要だ。東京高裁は13日の再審開始決定で「袴田さんが到底犯人とは認定することはできない」と冤罪の可能性を指摘。検察が再審開始をずるずると先延ばしにすることは許されない。
高裁決定は、確定判決の根拠となった証拠について、捜査機関による「捏造」の可能性を強く示唆した。事件からおよそ半世紀をへて、弁護団の実験と科学的な根拠の提示が「無罪の可能性を示す新証拠」として裁判官たちを納得させた。
捏造の可能性があるのは、犯行時に犯人が着ていたとされた「5点の衣類」だ。事件から1年2カ月後にみそタンクから見つかった。1年以上みそ漬けにされていても、衣類に残った血痕は赤いのかが、最大の争点だった。
弁護団は「赤みは残らない」と主張した。それを補強したのは、皮肉にも反論する検察側の実験だった。その結果を直接見た裁判官は「赤みが残らないことが一層明らかになり、弁護側の専門家の見解をかえって裏付けた」と指摘。もはや、検察に反論の余地は残されてはいない。
「確定審で提出されていれば、有罪の判断に達していなかった」。A4判76ページに及ぶ決定の中に、大善文男裁判長はそう記した。この一文に、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則の重さがにじんでいた。 (岸友里)
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