コンピューター科学者であるクレイグ・ライトは、自分がビットコインの生みの親である「サトシ・ナカモト」であると証明する目的で長年にわたって「広範囲にわたって繰り返し」嘘をつき、証拠を「大規模」に偽造していた──。英国の高等法院で、そう結論づけられた。5月20日に発表された判決文において判事のジェームズ・メラーは、ライトはサトシ・ナカモトのふりをするために大量の文書を偽造したと認定したのである。
「ライト博士が虚偽の主張を裏付けるため、そして裁判所を詐欺の手段として利用するために、故意に偽造文書を作成したことには明らかだ」と判事は記している。「ライト博士が裁判所に対して広範囲にわたり、繰り返し嘘をついたとの確信を得た。ライト博士の嘘と偽造文書はすべて、彼の最大の嘘であるサトシ・ナカモトであるという主張を裏付けるためのものだった」
「ライト博士は、自分自身を非常に賢い人間であると自己アピールしている」と、メラー判事は付け加えている。「だが、わたしの判断では、本人が思っているほど賢くはない」
この判決は、今年2月から6週間にわたって続いた裁判の集大成であり、暗号資産(暗号通貨、仮想通貨)に関連するテクノロジー企業による非営利コンソーシアム「Cryptocurrency Open Patent Alliance(COPA)」がライトに対して起こした民事訴訟の終結を意味するものである。COPAは、ライトはサトシ・ナカモトではないとの判断を下すよう裁判所に求めていた。
これに対してライトは、自身はビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトであるとの主張を根拠に、ビットコイン開発者やその他の関係者に対して起こしている複数の訴訟を阻止することが目的だった。なお、ライトはコメントの要請には応じていない。
暗号資産コミュニティにとって「真実の勝利」
紆余曲折を経た反対尋問では、ライトによる偽造が疑われる文書が何百件も提示された。ライトは綿密な準備をしてきたことをうかがわせる流暢な答弁でその疑惑を正当化したが、裁判官を納得させることはできなかった。
そして裁判最終日の3月14日、メラーは異例のスピードで判決を下した。「証拠は圧倒的なものである」と、メラーは法廷で通告した。「ライト博士は『サトシ・ナカモト』というペンネームを採用した人物でもなければ、そのペンネームで活動していた人物でもない」
このスピード判決は、「(ライトの)あらゆる主張がどれほど根拠のないものであったかを証明しました」と、COPAのメンバーで、暗号資産取引所のコインベースで最高法務責任者を務めるポール・グレワルは語る。「ライト博士の主張は虚偽であるだけでなく、まったくの空想であることが示されました」
一方で、ライトは最初の判決から数週間の間に、ビットコインの生みの親であるという主張に関連するか、またはその主張に基づいて起こした複数の訴訟を取り下げている。
4月11日にライトはノルウェーで、2019年にXの投稿でライトを「哀れな詐欺師」と評した暗号資産インフルエンサーのマグナス・グラナス(通称Hodlonaut)に対する名誉毀損訴訟の控訴を取り下げた(英国でも同様の訴えが取り下げられた)。その数日後、ライトは自身の会社であるTulip Tradingがハッキングで失われたとされる大量のビットコインを回収する際、その手助けを拒否したことで受託者義務に違反したとしてビットコイン開発者を訴えていた別の訴訟も取り下げている。
ビットコインに関する自身の知的財産権が侵害されたとして、ライトがビットコイン開発者や暗号資産取引所のコインベースとクラーケンを訴えている3件の訴訟も、COPA訴訟の今回の判決に拘束されることになる。この3件の訴訟は、ライトが控訴する可能性を待つ間、少なくとも一時的には継続される。
「判決が出たことで、世界中のほかの訴訟に連鎖的な影響が及んでいる様子を目の当たりにしています」と、グレワルは語る。「暗号資産に関係のない人にとっては、(このようなことはすべて)漫画の世界の話に聞こえるかもしれません。しかし、ライトの主張が退けられたことで、暗号資産コミュニティは安堵しています。真実の勝利だとわたしたちは考えています」
今回の判決は、ライトが2018年に生み出した別の暗号資産ネットワークであるビットコインSV(Bitcoin Satoshi's Vision:BSV)にも影響を与えている。BSVの構想は公式ウェブサイトで説明されているように、「サトシ・ナカモトの当初の設計にできるだけ忠実に従う」ことだった。ライトはサトシ・ナカモトではないとメラーが判決を下した数日後、BSVトークンの価格は40%下落した。運営元のBSV Associationはコメントの要請に応じていない。
海外での訴訟には余地
ライトはサトシ・ナカモトではないと宣言したメラーの判決により、ライトが英国でさらなる訴訟を起こすことが難しくなる。この判決は、ライトが「サトシ・ナカモトが手がけた研究に由来する著作権やデータベースの権利を利用して(開発者を)脅せる根拠を一切もたない」ようにするためにつくり上げられていると、判決文で判事のメラーは明らかにしている。メラーはまた、後の審理でライトに具体的な差し止め命令を課すかどうかも決定する。
一方で、今回の判決の効力が及ぶ地理的な範囲は限定されており、ライトがほかの法的管轄区域でビットコインに対する知的財産権の主張を追求し続ける余地は残されている。
法律事務所Dentonsのシニア・アソシエイトであるジェームズ・マースデンによると、著作権は原則として圧倒的多数の国で採択された協定の下で「調和が保たれる」ことが多いという。つまり、今回のCOPA判決は、ビットコインをめぐる知的財産権の保有を主張するライトの主張に対処するよう求められている他の裁判所にも説得力をもつ可能性が高いということだ。
しかし、「著作権法は国ごとに異なります」と、マースデンは指摘する。「各国の裁判所は、それぞれの基準で著作権訴訟を判断することになります」
ライトは裁判における証言で、自身が多数保有するブロックチェーン技術関連の特許を利用してビットコイン開発者に対してさらなる訴訟を起こす可能性も示唆した。ライトはビットコインの生みの親ではないという判決が下っても、そのような訴訟を阻止することはできないだろう。「どのような裁判所でも、でたらめな主張に全力を傾けている人を阻止できるような判決をつくり上げることはとても難しいのです」と、グレワルは語る。
鍵を握る訴訟資金の出どころ
ライトがノルウェーで起こした名誉毀損訴訟の被告である暗号資産インフルエンサーのグラナスは、ライトがサトシ・ナカモトであるという主張を今後も追求し続けるかどうかは、資金調達が可能かどうかにかかっているのではないかと考えている。
裁判ではライトの資金源が問題になった。COPAは、オンラインギャンブル界の大物カルヴィン・エアーがライトのさまざまな訴訟に資金提供したと主張している。ライトは裁判で、エアーが訴訟資金を援助したことを否定した。エアーはコメントの要請には応じていない。
判事のメラーは今年3月、ライトが「裁判での敗訴による費用負担を逃れる」手段を講じることを防ぐために、ライトの資産760万ドル(約12億円)に凍結命令を下した。COPAは「多額の費用を請求できる非常に説得力のある申し立て」をしていると、メラーは文書で明らかにしている。
「現在の問題は資金調達であって、ライトがサトシ・ナカモトであると主張し続けたいという願望ではないと思います」と、グラナスは語る。「英国で出された判決により、これ以上のライトの主張に基づいた法廷闘争は無益なものになったと思います。つまり、ライトに資金を提供する意欲と合理性はもう存在しないということです」
COPA側としては、ライトに完全に不利な判決が下され、結果としてライトの信用が損なわれたことで、たとえその選択肢が残っていたとしても、ライトがこれ以上の訴訟を思いとどまってくれることを期待している。
「異例の訴訟でした。ライト博士と関心を寄せるすべての人に対して、これ以上ないほど明確なメッセージを送るものでした」と、グレワルは語る。「クレイグ・ライト博士のことはそれほど心配していません」
(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)
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