■凶悪化
「ある意味では単純な事件だった」。兵庫県警の刑事部長だった深草雅利さん(69)はこうも振り返る。
1997年に小学生5人が襲われた神戸連続児童殺傷事件で、県警は、客観的な犯罪事実を中心に調べた。殺人などの容疑で逮捕された当時14歳の「少年A」。彼の行為をたどれば、5月に土師淳君=当時(11)=が殺害されるまで、時を経るごとに凶悪化していったのは明らかで、命を軽視した供述は残忍さを際立たせた。
しかし神戸地検の主任検事として少年Aを調べた男性(69)=現在は弁護士=は、「いまだ分からないこともある」と指摘する。
なぜ遺体を損壊したのか。それをなぜ校門に置いたのか。犯行を隠蔽するとか、そういうものじゃないはずだ。また、5月の事件以降、なぜ次の犠牲者が出なかったのかも分からない。
当然、主任検事は調書に一定の聴取結果を残した。「分からない」は、「胸に落ちない」という意味だ。検事はAと100時間以上向き合い、少年審判の資料にするため、可能な限り語った内容を調書に残したとする。だが、刑事裁判に向けた調べならば、たとえ少年でも求刑につなげる隙のなさが必要となる。
有罪を立証しなければならないので、あいまいな供述や、客観的な証拠と矛盾するような供述は許されません。立証に適した話を引き出そうとするあまり、供述を誘導してしまう危険性には、気を付けないといけませんが。
■応報刑
Aの逮捕から、わずか3日後。97年7月1日、当時の梶山静六官房長官(故人)は記者会見で、「大変凶悪な犯罪が、刑事罰の対象外で抑止力になるのか」「個人的考えだが、少年法の改正、見直しも必要ではないか」などと述べた。
14歳だったAの凶行は、終戦後の半世紀間、ほぼ不変だった少年法を見直すうねりを生んだ。そして2001年、16歳以上だった刑罰の対象年齢を14歳以上に引き下げ、故意に被害者を死亡させた16歳以上は、刑事裁判を受けさせる、原則「検察官送致(逆送)」となった。改正は相次ぎ、5度目となる今年4月の改正で18歳、19歳が新たに「特定少年」と区別され、原則逆送の対象事件が広がった。少年に対し、「更生」より「処罰」をもって応じる法改正の傾向は明白だ。
特定少年の裁判はどんな変化を生むだろうか。刑事裁判や家裁の審判で少年事件の経験が豊富な元裁判官の男性(78)は、特定少年の刑事裁判では、動機をみて矯正教育の糸口を探る少年審判とは異なり、背景分析は弱まるとみる。元裁判官は「刑事裁判は、たとえ被告が動機を黙秘しても開かなければならない」とし、言葉を重ねた。「特定少年の裁判は、『目には目を』といった応報刑のような感覚が主になるだろう」
私が少年Aから取った調書の内容が、本当なのかどうか。それは本人にしか分からない。
少年法の趣旨を重んじ、少年Aの「心の闇」と対峙した主任検事でさえ、「なぜ」を解消しきれなかった。当時Aの弁護団長(付添人団長)を務めた兵庫県弁護士会の野口善國弁護士(76)は、法改正後の少年事件を憂う。「いよいよ闇が増えていく」、と。(霍見真一郎)
【神戸連続児童殺傷事件】 神戸市須磨区の住宅街で1997年2〜5月、小学生5人が次々と襲われ、2人が殺害された事件。6月に殺人容疑で逮捕された中学3年の「少年A」は14歳で、当時は刑罰の対象年齢未満だった。事件を機に、少年法の厳罰化が求められ、2001年の法改正につながった。00年に乗客が殺傷された西鉄バスジャック事件で逮捕された少年=当時(17)=は「神戸の事件に影響を受けた」と話すなど、同世代にも影響を与え、「心の闇」は時代を映すキーワードとされた。兵庫県では心の教育を見直そうと、98年から中学2年での体験学習「トライやる・ウィーク」が始まった。犯罪被害者の支援に目が向けられる契機にもなり、08年施行の改正少年法は、重大事件の被害者や遺族に少年審判の傍聴を認めた。
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