ある結婚式の映像。祝福され、幸せそうな表情の2人。
この記事の画像(15枚)しかしその2年後、妻は海で死亡。
夫は妻を殺した罪で懲役19年の判決を受け、控訴した。
“悲劇の夫の保険金殺人”と世間を騒がせたこの事件だが、夫である被告の弁護人や証人は、一審の判決に異論を唱えている。
主任弁護人 津金貴康弁護士:医学を何の根拠もない体験、体感が凌駕してしまった、非科学的な一審だった。
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:この場所じゃ(殺人は)無理なんです。冤罪をつくると法医学者として一生後悔することになります。
弁護側は“無罪”を主張し控訴すると、大阪高裁は有罪の決め手となった証拠を調べ直す異例の展開になった。
主任弁護人 津金貴康弁護士:医学的に検討するぞというメッセージが感じられたのが二審の特徴。無罪になる可能性が出てきたとは思いました。
3月4日の判決を前に、これまで沈黙を続けてきた被告人が初めて語った胸の内。異例の展開を見せる裁判を追った。
■“悲劇の夫”から一転…妻を殺害したとして逮捕
6年前、妻を殺害したとして夫が逮捕された事件は、不倫相手の妊娠や保険金など、センセーショナルなフレーズが取り沙汰された。
一審・和歌山地裁で下された判決は有罪。
しかし、控訴審では有罪の決め手となった証拠を調べ直すという異例の展開に。
一体何が起きているのか。独自の取材から、一審判決の“疑問”が浮かび上がった。
“悲劇の夫による保険金殺人”
妻が海で死んだのは、実は夫による殺人事件だった…。まるで小説のような展開に大きく騒がれた事件。
一審で懲役19年の有罪判決を受けて控訴中の野田孝史被告(34)は、「私は志帆ちゃんを殺していない」と起訴内容を否認した以外は、一貫して黙秘を貫いている。
事件が起きたのは2017年。和歌山県白浜町で、野田被告は夫婦でシュノーケリングをしていた。
しかし、野田被告がトイレに行っている間に妻の志帆さん(当時28歳)が溺れ、2日後、搬送先の病院で死亡。志帆さんの体や着衣に他殺を示す傷はなかった。
志帆さんの勤務先のオーナー(2018年4月):その時は事故だと思っていますから、ご主人が一番気の毒だと思っていましたので。
当初は、“悲劇の夫”と見られていた野田被告。
しかし、事件の約1カ月前から夫婦の間には離婚話が浮上していた。原因は野田被告の不倫で、相手の女性は当時、妊娠中。
さらに、志帆さんには複数の生命保険がかけられていたことや、野田被告が事件前日にインターネットで「溺死に見せかける」という検索や、「完全犯罪」についても閲覧していたことが分かり、疑惑の目が向けられた。
そして、野田被告は逮捕された。
■事件のキーは胃の中の“砂”
警察が事故ではなく、事件と判断するより所としたのが…
志帆さんの治療をした救命医(一審証人尋問より):胃からチューブが詰まるぐらいの砂が引けるようになりました。今まで溺水患者を診てきた中で、これほど多くの砂が出てきたことはありませんでした。
志帆さんの救命に当たった医師が、治療中に胃の中から「砂が出てきた」と供述。その量が37グラムほどと推定されたことだった。
■検察側証人「海水400シーシーに含まれる37グラムの砂を1回で飲んだ」
なぜ、この砂の存在が殺人と結びつくのか。それを説明するのは、一審で検察側の証人となった斎藤秀俊教授。水難事故の専門家だ。
一審・検察側証人 長岡技術科学大学 斎藤秀俊教授:押さえつけられているとすれば水底の近くに顔があるわけですから、上がろうとしてバタバタしている時に砂が舞い上がって、その舞い上がった砂と共に海水を一気に飲みこんでしまった。泳いでいる時にいきなり水を飲むと、肺の方に行くんじゃなくて飲んじゃうんですよ。それはもう体験的に分かっています。ここで砂を吸ったという事からすると、人の介在があったと判断せざるを得ない。
つまり、誰かに押さえつけられて海底付近に顔が近づいている状態であがき、呼吸を我慢しきれなくなって砂が舞い上がった海水を飲んだということ。
経験則から、400ミリリットル程度の海水を一度に飲み込むことで、胃の中に37グラムほどの砂が入ることは有り得ると裁判で説明した。
-Q.海水400ミリリットル中に37グラムほどの砂が舞うほどたまっている?
一審・検察側証人 長岡技術科学大学 斎藤秀俊教授:舞うほどたまっていますよ。あそこに砂がたまりやすい構造になっていて、潮が引いたときに見ると(岩の)端にたまっている。
そして、一審・和歌山地裁は、検察側の“砂を根拠とする殺害”の立証を認め、「海の中で押さえつけて殺害した」として、野田被告に懲役19年の有罪判決を下した。
無罪を主張していた弁護側は控訴。そして舞台が大阪高裁へ移ると、法医学者3人を含む4人の証人尋問を行い、医学的な面からも証拠を調べ直す異例の展開を見せた。
■一審判決に疑問…二審で異例の証拠調べ
一審から弁護側の助っ人となったのが、法医学者の藤宮龍也教授。長年、検察側の鑑定人として司法解剖を行ってきたが、今回初めて弁護側の証人として証言台に立った。
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:『砂をどう説明するんだ』という話が出てきて、(検察が)不思議なことばかり主張しているので、検察がそんなことを言うこと自体が不思議だし、おかしな事件だと考えて着手する(証人を引き受ける)ようになりました。
-Q.経験からも検察の主張が科学的におかしいと、はじめから感じたのでしょうか?
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:はい、そうです。
検察側の立証に疑問があるという藤宮教授。その疑問を確かめるため、取材班は藤宮教授と共に事件現場とされている白浜町へ向かった。
疑問①…400ミリリットルの海水を一度で嚥下
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:向こう側の直下が犯行現場といわれているところになります。そして離れ小島の向こう側が志帆さんが発見された場所です。
犯行現場と志帆さんの発見場所は離れていた。
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:この場所じゃ(犯行は)無理なんですよ。砂も確かにあるけれど、砂利とかがある場所で、砂を舞い上がらせることは非常に難しいです。
潮が引いた深夜に再度、現場を訪れると…
記者:石が多く砂はほとんどないですね。
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:ないですね。ちょっと様相が(一審の時と)変わっていますが。
藤宮教授は仮に砂が海中で舞ったとしても、口の容積から人間が1回で飲み込めるのは多くても100ミリリットルで、400ミリリットルを一度で飲み込むのは不可能と指摘する。
では、“胃の中の砂”はどこから来たのか?
疑問②…砂は存在していたのか
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:僕も(溺死で)砂が胃に入ったのを解剖したことがあります。ただ、その時は肺にも入っています。胃だけに入るのは珍しいです。それを(一審では)全然問題にしていないんですね。
救命医が見たという胃の中の砂はすぐに廃棄され、残っていなかった。さらに、解剖時に志帆さんの胃には消化しきれなかった食べ物が残っていたが、砂は胃を含むどこからも、1粒も見つかっていないのだ。
一審で「砂を見た」と証言した救命医2人に取材を申し込んだものの、応じることはなかった。
事件とする唯一の証拠ともいえる“砂”。藤宮教授もその存在自体に疑問を抱きつつ、砂があったとしても、「事故」による説明もできると主張する。
■事故の可能性も指摘
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:(志帆さんの)網とマスクの発見場所はこの場所です。砂が岩の間にあって、シュノーケルをつけていて網で魚を追いかけているうちに、シュノーケルの先が岩のところの砂に入って、それが口の中に入ったと推定しています。
藤宮教授は、素潜りをしていた際、シュノーケルに砂の塊が入り、それを飲み込んだ「事故」の可能性もあると指摘する。
弁護側証人 山口大学 藤宮龍也名誉教授:真実を追求するのがプロフェッショナルとしての仕事であって、やっぱり冤罪を作ると法医学者として一生後悔することになります。
一審から弁護をしてきた津金弁護士は、こう振り返る。
主任弁護人 津金貴康弁護士:多量の砂が一人歩きしちゃった事件だなと思います。医学を何の根拠もない体験、体感が凌駕してしまった、非科学的な一審だった。
疑問③…保険金などの状況証拠
動機につながる保険金などの状況証拠については…
主任弁護人 津金貴康弁護士:志帆さんと話し合って、どちらかというと志帆さんの方が積極的に保険窓口に行って契約をしていたという事実がある。
また、「溺死に見せかける」という検索履歴については、妻と不倫相手の板挟みになった野田被告が自殺を考え、溺死に見せかけて志帆さんに保険金を残せないかと検索したと主張している。他にも、「自殺とバレない自殺方法」などの検索履歴も残っていた。
主任弁護人 津金貴康弁護士:二審は医学的な見地、法医学で判断すると決めた裁判だったと認識しています。無罪になる可能性が出てきたとは思いました。
■逮捕から約6年 沈黙破った被告人
大阪高裁での控訴審は4回にわたる審理の末、2023年10月に結審。逮捕から約6年が経過していた。当時29歳だった野田被告は3月には35歳。今も拘留が続く中、何を思い、判決の日を待っているのだろうか。
取材を申し込んで3カ月後、裁判でも一切語らなかった野田被告から手紙が届いた。
野田孝史被告からの手紙(抜粋):不貞行為につきましては、不徳の致すところで反省しています。動機として扱われたのも仕方ないことだと思っています。
野田孝史被告からの手紙(抜粋):なぜ(妻が)亡くなったのか知りたいです。その部分が解明されれば自然と身の潔白も証明されます。
野田孝史被告からの手紙(抜粋):望む限り最良の妻でした。一番の理解者で一番の相棒で一番愛する家族であり、人生のパートナーです。ずっと笑っていてほしかったです。
その後6度の面会に応じた野田被告は、結婚式の写真とは別人のように憔悴しきった様子で、時折言葉に詰まりながら心境を語った。
-Q.後悔していることはありますか?
野田孝史被告:トイレに行く時に一緒に海から上がれば良かったと、あれから毎日思っています。まさか、こんなことになると思っていなかったから。浮気の件で謝っている状態の中で、リハビリ旅行に行こうという話になって、再スタートを切るつもりでいました。
溺死に見せかけた保険金殺人なのか、それとも不幸な事故なのか。控訴審の判決が注目される。
■異例だらけの控訴審 3つのポイント
異例の展開となっている控訴審について、この事件を取材している司法担当・菊谷雅美記者に聞い。今回の裁判、「異例」というのは、一体何が異例なのか。
関西テレビ 菊谷雅美記者:刑事裁判の場合、控訴審は基本的に一審の判断に誤りがないかチェックするもので、初公判で結審し、次は判決という2回の裁判も珍しくありません。そんな中で今回の控訴審には、3つの異例がありました。
・有罪の決め手となった“証拠”の調べ直し
・4人の証人尋問
・結審から判決まで約5カ月
関西テレビ 菊谷雅美記者:多くの控訴審では、証拠調べを請求しても、採用されること自体が滅多にありません。ところが今回は、一審で有罪の決め手となった“胃の中の砂”について、改めて調べることになりました。さらに、法医学者を含む4人の証人尋問まで行っています。そして、結審から判決までは通常1~2カ月であるのに対し、5カ月という長い時間をかけています。
関西テレビ 菊谷雅美記者:証人尋問では、一人の法医学者が見解を述べた後、それについて他の法医学者の見解を聞くなど細かく検証していたのが印象に残っています。刑事裁判には『疑わしきは罰せず』という、冤罪を生まないための原則があります。これに忠実であろうと、『双方の意見や証拠をしっかりと調べて判断しよう』という、裁判所の姿勢の表れのように感じました。
控訴審の判決は、3月4日に言い渡される。
(関西テレビ「newsランナー」 2024年2月29日放送)
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