三重県名張市で1961年に女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求審で最高裁は、2015年に病死した奥西勝元死刑囚の妹による特別抗告を棄却する決定をした。裁判のやり直しを認めない判断が確定。弁護団は「結論ありきで、否定的な見方しかしていない」と批判し、新たな再審請求に取り組むと明らかにした。
決定は裁判官5人中4人の多数意見。1人は「再審を開始すべきだ」と反対意見を述べた。名張事件を巡る一連の再審請求で最高裁の判断に反対意見が付くのは初めてのことだ。1964年に一審津地裁が出した無罪判決、2005年に再審を認めた名古屋高裁決定に続いて三たび、有罪に疑いの目が向けられた。
再審請求審は多くの場合、裁判所と検察、弁護団が行う非公開の三者協議で検察による手持ち証拠の開示を巡って延々と時間が費やされる、開始決定が出ても検察の抗告で取り消されるなど、長期化が避けられない。だが制度改革の議論は遅々として進まず、名張事件では第1次請求から既に半世紀がたっている。
もともと物証が乏しい事件だ。発生から60年以上たち、弁護団が新たに有力な証拠を見つけるのはかなり難しいだろう。また申立人の妹は94歳。残された時間が限られていることを考えれば、裁判所は積極的な訴訟指揮によって証拠開示と迅速審理を徹底すべきだ。
事件は1961年3月、名張市の公民館で開かれた会合で起きた。ぶどう酒を飲んだ奥西元死刑囚の妻ら女性5人が死亡、12人が入院した。確定判決は、元死刑囚が妻と愛人を殺害し三角関係を清算するため、ぶどう酒に農薬を入れたと認定した。
捜査段階の自白と、公民館に一時1人でいた元死刑囚以外に犯行の可能性はないという状況証拠が主な支えになっている。
第10次請求で弁護団は現場にあったぶどう酒の瓶とふたをつなぐ「封かん紙」の破片について、「製造段階と違う市販ののり成分が検出された」とする専門家の鑑定書を新証拠として提出した。別の人物が事前に封を開けて毒を入れ、貼り直したと主張したが、最高裁決定は「科学的知見を有する合理的なものといえない」とした高裁決定を支持した。
一方、反対意見を述べた裁判官は鑑定に信用性を認め、「犯人が別の場所で農薬を混入し、封かん紙を貼り直して、ふたをした可能性が生じる」と指摘した。さらに元死刑囚が逮捕前、犯行の詳細を話したとされる自白について「取り調べが極めて長時間に及ぶなど大変な心理的圧迫がうかがわれ、逮捕前の自白だから真実と速断すべきではない」と述べた。状況証拠を裏付ける関係者証言の変遷にも多くの疑問を呈し「確定判決の認定は脆弱(ぜいじゃく)な証拠に支えられたものにすぎない」と断じている。
一審無罪判決は自白の信用性を否定し、名古屋高裁の再審開始決定は自白の農薬と別の毒物が使われた疑いに言及。最高裁が確定判決を支えた一部証拠の証明力を否定したこともある。
それでも確定判決は揺らいでいないと言えるのだろうか。新たな再審請求に際しては「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しない審理を尽くすことが求められる。再審公判の場に検察がいまだ開示していない証拠をそろえ、決着を目指すことが必要だ。
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