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Friday, July 21, 2023

人類が人肉を食べた最古の証拠か 145万年前の骨に痕跡 - 日本経済新聞

およそ145万年前、ある人類が、仲間のひとりを食事として消費したようだ。ケニア北部の遺跡で発見された古い脛骨(けいこつ、すねの内側の骨)には、肉を切り離す処理がなされたことを示す切り痕が残っている。これは、ヒト族(ホミニン)が共食いをしていた最古の証拠となる可能性がある。論文は2023年6月26日付けで学術誌「Scientific Reports」に発表された。

この行為は食料を必要としていた人々によって行われた可能性が高いと語るのは、論文の筆頭著者である米スミソニアン国立自然史博物館の古人類学者ブリアナ・ポビナー氏だ。「飢えた人々が、空腹を満たすために死んだ人間を食べていたのです」

これは、われわれの祖先が145万年前に共食いをしていたことを示す明らかな証拠のように見えるが、肉の処理をした者とされた者のどちらについても、種の特定には至っていない。おそらく、関わった彼ら全員が、当時一帯で支配的なヒト族であったホモ・エレクトスだったと思われるものの、ホモ・ハビリスやパラントロプス・ボイセイだった可能性もある。

もし食べた側と食べられた側が別の種だったなら、厳密には「共食い(カニバリズム)」ではなく「人肉食(アントロポファジー)」になるとポビナー氏は言う。いずれにせよ、これらのヒト族はおそらく互いに似たような見た目をしており、肉を骨から削ぎ落とした側は、自分たちが食べる相手が誰であるかを気にしなかっただろうと氏は指摘している。

現生人類であるホモ・サピエンスの間では、はるか昔から共食いに対する多くの文化的タブーが存在した。その結果、人間が共食いを行う際には、タブーを克服するために儀式化される場合が多かった。しかし今回のような、より初期の人類は、おそらく人肉を食べることにそうした意味を持たせることはなかっただろうとポビナー氏は言う。「これほど古い時代に儀式が存在したとは思えません」

食肉処理が行われた理由はともかく、ポビナー氏は、今回自分が発見したものをにわかには信じられなかったという。「見たとたんに思わず『ありえない』とつぶやいてしまう、そんな瞬間でした」

謎めいた痕跡の正体は

2017年、ポビナー氏はケニアを訪れ、ナイロビにあるケニア国立博物館に収蔵されている数十個のヒト族の骨を調査した。氏が探していたのは、骨に残る動物のかみ痕だった。それが見つかれば、初期人類がハイエナや野生ネコのようなアフリカの捕食動物に食べられていたことの証明になるからだ。

しかし、そうしたかみ痕は一切見あたらなかった。その代わりに、あるヒト族の脛骨に切り痕のようなものがついているのが見つかった。英国の著名な古人類学者メアリー・リーキー氏が、1970年にケニア北西部のトゥルカナ地方で発見した骨だった。

ポビナー氏は、こうした切り痕に見覚えがあった。「私は今まで、これと似たような食肉処理の痕跡がある、地域も時代も同じ動物の骨の化石を何百個も研究してきました」と氏は言う。「だからこそ、それが何であるのかにすぐ気づいたのです」

そこでポビナー氏は、歯科医が歯型を取るのに使う材料を使って切り痕の型を取り、今回の論文の共著者である米コロラド州立大学の古人類学者マイケル・パンテ氏に送った。その痕跡が何を意味するかについて、自身の見解は言わずにおいた。

パンテ氏と、同じく研究の共著者であり米パデュー大学の博士課程で人類学を研究するトレバー・キービル氏は、この謎めいた切り痕の3Dスキャンを作成した。それから、実験によって骨につけられた石器による切り痕、動物によるかみ痕、踏みつけ痕など合計898個のデータベースと比較した。この分析により、11カ所の切り痕のうち少なくとも9カ所が、石器によって刻まれたものであることが判明した。

肉を食べるのでなければこうした処理をする理由はなく、食べがいのあるふくらはぎの筋肉を骨から切り離そうとしていたように見えると、ポビナー氏は述べている。「彼らはほかの動物の場合と同じやり方で食肉処理を行ったのです」

ヒト族の人肉食、儀式か栄養目的か

ヒト族は100万年以上前からヒト族を食しており、今回の研究はその最初期の証拠となるかもしれないと、英ブライトン大学の考古学者・人類学者であるジェームズ・コール氏は述べている。氏は今回の研究に関わっていない。

ヒト族の骨に残る食肉処理の明らかな証拠として最も古い例は、これまではスペイン、アタプエルカ遺跡から見つかったものだったとコール氏は言う。それらの骨は80万年以上前のものと推定されている。

しかし、「こうした行動がもっと古くから行われていたことは十分にありえます。動物界に共食いの例が多く見られることを考えれば、そうであったことはほぼ確実でしょう」

このヒト族がなぜ別の個体を食べたのかという疑問については、答えを見つけるのは容易ではない。「彼らの目的が栄養摂取だったのか、それとも儀式などのより複雑な文化的活動だったのかを見極めるのは困難です」と、豪グリフィス大学オーストラリア人類進化研究センター所長を務める古人類学者マイケル・ペトラーリア氏は述べている。

それでもポビナー氏は、今回の事例は食料が必要だったために行われた共食い、または人肉食だったと考えている。ホモ・エレクトスにも、同時代にいたその他のヒト族にも、埋葬などの儀式的な行動を示す証拠は見つかっていないため、彼らが人肉を食べるうえで儀式的なアプローチをとったとは考えにくい。

儀式としての共食いは、われわれの種に特有なのかもしれない。たとえば、旧石器時代のホモ・サピエンスの骨から、儀式としての共食いがあったと推測する研究もある。共食いはまた、より新しい時代であるアステカの宗教にも見られ、そこには食べられる側と食べる側を決める厳格な規則が存在した。船が難破したときなど、生き残るために共食いが行われる場合にさえ、くじ引きのような儀式化された行動が見られる。

ネアンデルタール人の間にも共食いの証拠はあるが、こちらはどうやら純粋に栄養摂取を目的としたものだったようだ。「共食いに関して儀式的・文化的な側面が多く見られるのは現生人類の方です」とポビナー氏は言う。

研究チームは今回調査されたヒト族について、肉を目当てに狩られた可能性も排除していないが、別の原因で死んだ後に食べられた可能性も考えられる。チンパンジーのような現代の類人猿は、ときに縄張り争いで殺し合い、その死骸を食べることがあるとポビナー氏は言う。その際、チンパンジーは相手の死骸を単なる肉の供給源として扱っているようだ。

今回の研究は、過去に発見された骨からいかに多くのことを学べるかを示す好例だ。この事例からは、「博物館の古い所蔵品に最新技術を応用することにより、行動に関する新たな知見が得られることがわかります」とペトラーリア氏は言う。

ポビナー氏もまた、新たな科学的手法を使って古い化石を調査することの価値を強調する。「これは博物館のコレクションを再度調べることの重要性を示しています。そうすることで、思いもよらないものが見つかるかもしれません」

文=TOM METCALFE/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで6月29日公開)

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