東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科 小笠原盛浩教授
関東大震災から今年で100年です。震災直後、流言・飛語を信じた人々により、多くの朝鮮半島出身の方々が虐殺される事態となりました。SNSで誰でも情報発信が出来るようになった今、さらに生成AIも誕生する中で、震災と情報について専門家に聞きました。
1923年9月1日に発生した関東大震災。
震災の犠牲者の多くが火災によるものでしたが、この中の1割にあたる人々は、自警団などに虐殺された朝鮮半島出身者といわれています。
これは、「朝鮮人虐殺事件」と呼ばれていて、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言・飛語を信じた人々が、朝鮮半島や中国の出身者などを虐殺したのです。
それから1世紀がたった現代でも、外国人に対するヘイトスピーチが続いています。
SNSで誰でも情報発信が出来るようになった今の時代に、また大きな震災が発生しても、悲劇を繰り返さないようインターネットにあふれる情報とどのように付き合っていけばよいのか、東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科の小笠原盛浩教授に聞きました。
――関東大震災の発災直後、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言・飛語が広がり、人々が混乱しました。大災害時にデマが広がりやすい、信じやすいのはなぜでしょうか?
(注釈:レイシズムの視点ではなく、インターネット上の情報の拡散の視点で聞きます)
<流言が広がりやすい理由>
「流言は、人々が曖昧さや不安を感じるときに広がりやすくなります」
「災害時には、自分が置かれている現在の状況を正確に把握することが困難です。人々は災害にどう対応すればいいかよく分からない、曖昧な状況に置かれます」
「災害が発生すると被害状況・避難情報・安否情報など情報ニーズが爆発的に増加しますが、マスメディアがこれら全ての情報ニーズに応えることは不可能です。そこで人々は互いに情報をやり取りすることで情報のニーズと供給のギャップを埋めようとします」
「加えて、被災地では自分や家族が危険にさらされます。被災地以外の地域でも社会がどうなるのだろうと不安感が高まります。そこで自分の不安感に理由を与え、不安なのは自分だけでないと安心感を得るために、人は他の人と災害について話したがるのです」
<流言は虚偽とは限らない>
「こうして人がやりとりする流言情報は、事実であることもあれば虚偽の場合もあります。災害時は状況が刻々と変化していきますから、何が事実で何が虚偽なのかは定かではありません。マスメディアの報道ですら、状況の変化に応じて二転三転する場合があります」
「人々は、できるかぎり情報をかき集め、手持ちの情報をつなぎあわせて自分が置かれている状況を判断しようとします。流言とは、そのような中で人々の間でやりとりされる、事実であることが確定していない情報のことをいいます」
<流言が信じられているとは限らない>
「次に、災害時の流言が信じられていたのかといえば、必ずしもそうではありません」
「さきほど申し上げたとおり、災害時は何が正確な情報で何が不正確なのかを判断することは困難です。流言によっては、大部分の人が情報を信じたケースもあれば、信じた人が少数派だったケースもあります」
「しかし、半信半疑だったとしても、状況の判断材料が何もないよりはまし、と流言を伝える人も出てきます。流言を聞いて「事実ではないかもしれないが、念のため」と行動に移す人もいるでしょう」
「人々は、流言を無視して自分や家族が危険にさらされるリスクと、流言にしたがって行動するコストを考えあわせて、ある意味合理的に行動しているのだといえます」
<ネット時代の流言>
「インターネット以降は、誰でも簡単に社会全体に向けて情報発信できるようになり、情報拡散のスピードも飛躍的に早まりました。インターネットでも流言情報がさかんに流れており、その中には事実もあれば虚偽もあります」
「MITの研究では、虚偽の情報は事実の情報と比べて6倍のスピードでツイッター上を拡散し、拡散範囲は100倍にもなると言われています。これは虚偽の情報の方が目新しく、人々を驚かせる内容である可能性が高いためです。人はびっくりするような情報に出会うと、それを他の人に伝えたいと思います」
「ChatGPTなどの生成AIで作られた、一見もっともらしくて目新しい、人々を驚かせる虚偽情報が拡散される可能性があります。昨年9月の台風15号による静岡県の水害では、画像生成AIで作られた、被害を誇張する偽画像が拡散しました。この時は、水害の状況を実際に撮影した事実の画像も拡散しています。今後さらにAIの機能が高まっていくと、偽画像と事実の画像の区別が難しくなることも考えられます」
――100年前は、新聞が主な情報源でしたが、現代において、首都直下地震や南海トラフ地震などの大きな震災が発生した場合、生活者が情報収集をするという側面でどんなことが考えられますか?
「生活者はテレビやラジオ、TwitterやTikTokを含め、あらゆる情報源を通じて情報収集に努めるでしょう。今でも情報の信憑性が高いのはマスメディアです。被災地では停電に強いラジオ、被災地以外の地域ではテレビがよく利用されると考えられます。スマートフォンの普及によって、私たちは一日中インターネットにつながった生活を送るようになりましたが、地震で携帯電話の基地局が機能停止するとインターネットに接続できなくなります。それまで当たり前に行っていた、SNSのコミュニケーションやインターネットでの情報収集が突然できなくなると、人々の不安感が高まる可能性があります」
――SNSで誰でも簡単に情報を発信、受け取ることができる時代のいま、玉石混交の情報が飛び交う中で正しい情報の見つけ方を教えてください。
「基本的には、災害時は公的機関やマスメディアから伝えられる情報が、事実である可能性が高いです。近年はマスメディアに対する信頼が低下していますが、災害時にマスメディアの情報が信頼されないと、人々はその代わりに流言情報にもとづいて状況を判断せざるをえなくなります。そうならないためにも、マスメディアにはふだんから正確で偏りがない報道に努め、信頼を回復していかれることを期待します」
「SNS上で見た情報を参考にするとしても、①情報の根拠が示されているかどうか、②情報源が公的機関や報道機関など、情報発信の責任を負っている主体かどうか、③情報源が直接発信している情報か伝聞情報か、④SNS上でその情報を否定する打ち消し情報がないか、などを考えて事実かどうかを判断してください」
――有益な情報だと思い、善意でSNSで流言・飛語やフェイクニュースの拡散を手助けしてしまわないように気を付けることを教えて下さい。
「基本的には、他の人から聞いたり、SNSなどで見かけたりした情報を、他の人にそのまま伝えないように心がけることです。「流言は智者に止まる」という言葉があります。賢い人は根拠のない流言を他の人に話さないので、流言の拡散がそこで止まる、という意味です。災害時の流言に賢く対応しましょう。また、あらかじめ災害時の流言の典型的な例を知って免疫をつけておくと、流言を予防する効果があります。
地震の場合は、①日時を特定して地震の発生を予告する、②外国人が犯罪を引き起こしているという情報が流言の典型例です。この手の情報はほぼ虚偽なので、他の人に伝えないようにしましょう」
――なぜ、震災発生時に「外国人が犯罪を引き起こしている」という流言が広がるのでしょうか。
「災害時には自分や家族友人が身の危険にさらされているのではないかという不安の感情が非常に強くなります。しかし非常に強い不安を感じているのに、周囲を見渡すと自分にあまり大きな危険が迫っていなかったとすると、自分の不安感と外部の状況との間に矛盾が生じます。人々はその矛盾を解消するため、本当はもっと悪いことが起きているのではないかと考えます。『災害時だから犯罪が頻発しているのではないか』と考えたり、外国人に対する先入観も加わって、『そのような犯罪を行うのは外国人だろう』と憶測が生まれたりするのです。
「流言は一種の伝言ゲームです。伝言ゲームは、5人よりも10人、10人よりも20人で行う方が、伝言内容が大きく変化します。同様に流言も、人づてに伝えられていくことで内容が変わっていきます。たとえば日本人による軽微な犯罪が流言のきっかけとなって、人から人へと伝えられていく中で、『重大な犯罪が行われた』、『犯罪を行ったのは外国人だ』、『外国人の犯罪集団が犯罪を行っている』などと内容が変化していくことが考えられます」
「被災地以外の地域から流言が発信されることもあります。ひとたび大震災が起これば、被災地以外の人々も『今後日本はどうなるのだろう』と不安に駆られるでしょう。しかし災害による直接的な身の危険があるわけではありません。不安と身の危険の不在という矛盾を解消するため、人は他の人と災害について話したい、不安を共有したいと考えます。そうして交わされる話の中で、無意識のうちにいかにもありそうな危険が作り出される可能性があります。
見聞きした情報がつなぎあわされるうちに、『報道されていないが、本当はこのような危険が生じているのではないか』と推測され、流言が流れるのです。『危険が生じているはず』と信じているにも関わらずその証拠が見当たらない場合には、自ら生成AIを使って証拠らしきものを作成し、拡散してしまうことも考えられます」
「なお、人は同じ情報を何度も見聞きすると、それを事実だと考える傾向があります。『外国人が犯罪を引き起こしている』という情報を初めて聞いた時は半信半疑だったとしても、うわさ話やSNSで繰り返し見聞きするうちに、『この情報は何度も聞いているので、事実だろう』と信じてしまうのです。しかし、同じ情報を何度も見聞きすることは、その情報が事実であることを意味しません。情報が正しいかどうかは、公的機関の情報やマスメディアの情報などと突き合わせ、クロスチェックして判断して下さい」
――避難情報など、自治体はどのように発信すべきで、生活者は何に気を付けて情報収集すべきが教えて下さい。
<自治体がすべきこと(流言対策に限定して)>
「自治体がSNSでやり取りされている情報に目配りして、悪影響を引き起こしかねない流言が拡散した場合は、すぐに打ち消し情報を発信することが望ましいです」
「その際は、人々が今知りたがっている情報は何か、という情報ニーズを把握して、ニーズに合った情報を的確に発信する必要があります。具体的には、①どのような偽情報かを特定し、②偽情報を明確に否定し、③否定の根拠を示すことが必要です」
<生活者の情報収集>
「Twitter認証バッジが有料化したことは、自治体などがTwitter上で発信する情報の信頼性を判断するハードルを上げました。しかし認証マークがなくても実質的な公的アカウントは現在も多数運用されています。災害時にはそれらのアカウントから発信される情報を参考にすることが可能です。アカウントの開設時期やツイート数、フォロワー数、投稿内容などを総合的に判断すれば、偽アカウントに騙される危険性をある程度減らせます」
「Twitterだけでなく公的機関のウェブページやInstagramなど他のSNSアカウント、マスメディアの情報など、複数の情報チャンネルを比較することで、正確な情報を収集できる可能性が高まります」
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情報があふれる現代を生きる私たちは、同じ悲劇を二度と繰り返さないよう、震災時の情報との向き合い方が問われています。(取材・文:社会部 和田弘江)
からの記事と詳細 ( 関東大震災から100年…生成AIで証拠をでっちあげ!?SNS時代の震災と情報について聞いた - 日テレNEWS )
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