東京電力福島第一原発事故を巡り、18日の東京高裁判決は1審に続き、旧経営陣3人の刑事責任を認めなかった。ほぼ同じ証拠と争点で、旧経営陣らが津波対策をしなかった不作為を断罪し、過失責任を認めた民事訴訟の判決とは正反対の結論となり、刑事裁判で重大事故について個人の責任を問う難しさが浮かんだ。(小嶋麻友美、太田理英子)
◆株主代表訴訟では認めた科学的信頼性
民事と刑事で、判断の違いが鮮明となったのが、福島沖を含む海域でマグニチュード(M)8級の津波地震の可能性を予測した政府の「長期評価」に対する評価だ。
勝俣恒久元会長(82)ら4人に計13兆円超の支払いを命じた昨年7月の株主代表訴訟東京地裁判決は「適切な議論を経て一定の理学的根拠を示しており、相応の科学的信頼性があった」と認め、対策を先送りした旧経営陣の過失を認めた。
これに対し、今回の判決は、長期評価の信頼性を否定。「敷地の高さを超える津波が襲来する現実的な可能性を認識させるような情報だったとは認められない」と判断した。
個人に刑事罰を科す刑事裁判では、合理的な疑いを挟む余地がない程度の立証が必要となり、証拠や主張のどちらに真実性があるかを判断する民事訴訟より、ハードルが高い。
元裁判官の水野智幸法政大法科大学院教授は「刑事裁判は国、社会として被告を非難する意味がある。それを負わせるほどの具体的な過失の立証がなかった点で(民事との)差が出た」と分析。古川伸彦名古屋大大学院教授(刑法)は「無視すれば人の生命、身体に対する刑事責任が発生するようなものではなかったという認定を前提とする限り、裁判所による法的評価は刑事の過失論としては正論と言える」と指摘した。
◆運転停止以外で回避できたのか
運転停止以外に事故を回避する措置があったかを巡っても判断は分かれた。
株主代表訴訟判決は、原発建屋などの浸水防止策によって「電源設備の浸水を防いだり、重大事態に至ることを避けられた可能性は十分にあった」と認定。一方、避難者集団訴訟の昨年6月の最高裁判決は防潮堤などを築いたとしても「海水の浸入は防げなかった可能性が高い」と判断した。
今回、控訴審で指定弁護士側は、運転停止以外にも、防潮堤の設置などによって事故は回避できたとあらためて主張したが、高裁は「後知恵だ」と一蹴。最高裁と同様、津波の実像とは差異があるとして「対策が奏功したことを裏付ける証拠はない」と断じた。
◆強制起訴は10件、有罪は2件
市民で構成する検察審査会の議決によって強制的に起訴される制度は09年に導入された。司法に市民感覚を採り入れる狙いだが、これまでに少なくとも10件が起訴され、有罪は2件にとどまり、制度の見直しを求める声もある。
ただ、被害者参加代理人の海渡雄一弁護士は、株主代表訴訟では、刑事裁判に提出された検察官による供述調書が採用されたとし「刑事の捜査結果がなければ株主代表訴訟の勝訴判決はなかった。強制起訴には意義があった」と強調。水野氏も「不起訴で終われば捜査資料は公にならなかった。刑事裁判になり、情報が広く公開される意味は大きかった」と指摘した。
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