ジャーナリスト・崔 碩栄
4月末、韓国で文在寅大統領と与党政治家たちを非難する内容のチラシをまいた、ある市民が、侮辱罪で検察に送致された。
大統領府関係者は、チラシの内容が「度を超えて極悪で看過できない水準」だと指摘。報道によると、チラシには「北朝鮮の犬、韓国大統領文在寅」という表現が含まれた日本の雑誌の写真と、過去に文大統領のSNSアカウントから発信された日本のAV写真が載せられていた。
この他にも、大統領の政策を批判する内容も含まれていたが、その部分には大統領を貶(おとし)めるような表現や、憎悪表現は含まれていなかった。
チラシの中で、大統領を貶めるような表現だと見なされる可能性があるのは、「北朝鮮の犬」という表現と「AV写真」だ。だが、そうだとすれば、告訴する相手が日本の雑誌ではなく、「引用者」なのは、いかがなものか。
◆言行不一致
韓国社会の反響は大きかった。しかし、それはチラシをまいた人に対するものではなく、大統領の「言動不一致」に対する批判であった。
大統領選挙を3カ月後に控えていた2017年2月、野党候補としてテレビ番組に出演した文大統領は、司会者から「大統領になったら、どのような批判、非難を受けても、我慢しますか?」という質問を受けた。
これに対し、文大統領は「当然です。権力者を批判することで国民たちが不満を解消することができるのなら、それはいいことじゃないですか」と答えていた。
また、大統領になった後にも、20年8月に行われた宗教家との懇談会で「政府の批判や、大統領の悪口を言うくらいは表現の範囲として行っても構わない」などと発言していた。
その大統領が一個人を告訴するのはやり過ぎではないか、という世論が起きたのである。
◆深く考えず表明
「いくら何でも大統領が個人を告訴したりはしないだろう? 大統領府が勝手にやったのでは?」という声もあったが、侮辱罪は親告罪だ。
文大統領本人が告訴するという意思表示をしなければ、捜査は行われない(実際、文大統領の法律代理人が自ら告訴したことを認めた)。
状況から見て、文大統領の意思による告訴であると確実視されるようになると、与党内部からも過剰反応だという意見がささやかれるようになり、ネット上には大統領の「器」をコケにするような書き込みが多く見られた。
否定的な方向に傾いた世論を意識したのか、数日後、大統領府は「大統領が処罰の意思を撤回した」と発表した。この判断は、検察の捜査や裁判がなされれば、この件が報道され続け、世論がより悪い方に傾くという予測によるものだろう。
この一件は、大統領の告訴取り下げで一段落したが、もう一つ、話題になったことがある。
それは、大統領の「味見」といわれる行為、つまり、深く考えずに何かの方針を表明し、それに対する世間の反応が悪かったら、実行前に発言を撤回する行為だ。
物を買う前に味見をするのは悪いことではないが、先に「買う」と宣言してから味見をし(世論を見て)、「やはり買わない」と言うのは軽率と言わざるを得ない。
◆単なるご機嫌取り
しかし、文政権が成立してから、このような政策の味見が繰り返されている。例えば、「仮想通貨取引を禁止する」と発表した結果、仮想通貨が暴落し、世論の風当たりが強くなると、「(禁止は)確定したものではない」と発言を撤回。
また、公共部門非正規職員の正規職員への転換、大学入試改編、住宅ローン規制等、政策を発表しておきながら、国民が反発すると、数日後に発言を覆すことを繰り返してきたのだ。
メディアは、それを指す言葉として「味見政治」という新造語を生み出し、それもすっかり定着した。
味見という行為は、味へのこだわりと一貫性さえあれば、非常に役に立つものだ。しかし、私の目には韓国の現政権がやっている味見は一貫性のない、単なる日和見主義、国民のご機嫌取りにしか見えない。だが、退任まで残り1年、味見の時間も残りわずかだ。
味見の名人が国民の記憶に「名ソムリエ」として残るのか、「迷惑客」として残るのか、見守っていきたい。
(時事通信社「金融財政ビジネス」2021年5月24日号より)
【筆者紹介】崔 碩栄(チェ・ソギョン) 1972年生まれ、韓国ソウル出身。高校時代から日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、国立大学の大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業に勤務。その後、フリーライターとして執筆活動を続ける。著書に「韓国人が書いた 韓国が『反日国家』である本当の理由」「韓国人が書いた 韓国で行われている『反日教育』の実態」(ともに彩図社)、「『反日モンスター』はこうして作られた」(講談社+α新書)、「韓国『反日フェイク』の病理学」(小学館新書)など。
からの記事と詳細 ( 文大統領がよく使う手口、それを韓国では「味見政治」と呼ぶ【崔さんの眼】:時事ドットコム - 時事通信 )
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